江戸時代、この地の陶工は、砥石くずを原料に器を作り、豊富な松の木を燃料に登窯で砥部焼を焼いていました。約230年たった今も、その歴史と伝統は生かされています。
国の伝統的工芸品である砥部焼は、白磁、染付、青磁、天目(鉄釉)の4種類が指定されています。いずれも地元の陶石原料を生かした作品で、実用性や現代性を兼ね備えたデザインも多く、全国に多くのファンがいます。
また最近は、若い人による素材や伝統的デザインにとらわれない作品も多く見られるようになり、手仕事の味を生かした工芸品として注目されています。
陶器および磁器の創業以降、明治初期にいたるまでのものを総称して「古砥部もの」といいます。
徳利・油壺・皿・鉢・片口などの日用品を見ると、ロクロの成形、高台の切れなども良く、すべて鉄絵で、松・竹・梅・藤・稲束・雀・魚、文字などが描かれ、その絵模様、文字などいずれも素朴で風趣に富んでいます。感覚的にも新鮮でありながら庶民生活にも密着しており、鉄絵の大徳利、小さい油壺などにも古砥部陶器の特色や良さがあらわれています。
古砥部に属する磁器は、上原窯創業期のものから明治初期のコバルト染付あたりまでのものが含まれます。素朴な初期の作調も時代の経過とともに精巧さを増しています。作品には食器・壺・茶道具もありますが、食器が最も多く「くらわんか手茶碗」もあります。
明治期に入って伊藤窯から生まれた「五松斎もの」といわれる作品は、成形・絵模様・色調などに優れ、精巧な中に錦絵磁器の美をよくあらわしています。
明治中期から昭和期の戦前にいたるまでのものを総称しています。
明治に入ってから良質陶石の発見や近代様技術の導入などがあり、窯技の進歩とともに良質の磁器が量産されるようになりました。
大型の作品も作られ、それらは形体・色調などに格調の高いものが見られます。呉須・コバルトの染付大徳利、白磁の大花瓶などにも、この時期の特色を見ることができます。
錦絵磁器は、伝統の白磁に鮮やかな様式絵具を用いて描いたもので、伝統の染付に合わせて彩色を施した染錦などの美しい作品があります。
伝統の白磁・染付が受け継がれていることはいうまでもありません。砥部焼は昭和51(1976)年、国から伝統的工芸品の指定を受けました。
戦後、砥部焼は新たな抽象作風の影響を受けて、造形面、絵模様などそのデザインに変化があらわれてきました。花器ではこの傾向が特に強く見られます。